印刷屋さんの経費を節約して、女流作家らしくビジュアルに、こだわってみました。
これも自己表現のひとつです。
今日、最後の一枚が染め上がってきました。若向きの訪問着、ツルバギアです。
アフリカが原産地の花です。最近の加賀友禅は、あまり可愛い感じのものがありません。
本当に若い時期は短いので、皆、ずーと歳をとっても着られるように、おとなしいものを
選んでいかれるのです。でもやっぱり、若い女性には歳相応の、可愛い着物を着て欲しいと
いう思いから、おもいっきり、可愛いものにしました。純情可憐な乙女、みーんな
あったんですよね、そんな時代が。あの頃にタイムスリップして、似合うかな?なんて
想像して見るのも楽しいかもしれませんね。
とにかく、あと少しになりました。作品もだいたい完成しました。中でも一つとても
気に入った、そして思いで深いものがあります。
桜の柄なのですが、誰でも想像している桜とは少しちがうと思います。
一見、何の花か解らないかもしれません。それが季節感を強調しなくていいと思っています。
この柄は、ある呉服屋さんの奥様のおあつらえで、つくらせて頂いたものです。
奥様は五十歳前のとても美しい方で、踊りをされているとのことでした。
お店の感謝祭で、お買い上げのお客様を温泉に御招待して、そこで踊りを披露するとのこと
でした。それならやっぱり、着物の最高峰ともいうべき加賀友禅が着たいということで、
私にお声がかかったのです。
柄は、奥様の大好きなさくらを、そして色はお任せしますとのことでした。
私は嬉しいやら、緊張するやらで、どうしたものか?と考えていました。さくらの柄は
加賀でも、京都でもたくさんあります。呉服屋さんの奥様ですから、そういうものは、
人一倍よく見ておられる筈です。そんな方に満足して頂くには、どんな桜にしょうか?
どんな色にしようか? ずいぶん考えました。描いても描いても、どこかで見たような感じ
のものになってしまいます。どうしよう! もう作業にかからないと間に合わない! と
焦っていました。
そんな時ふと思い出したのです。「うまく行かない時、悩んでいる時は、今の自分の
気持ちをそのまま素直に表現すればいい、へたに取り繕ったり、考え過ぎたりしないで、
シンプルに考えた方がうまく行く事がある。」これは、私が、ある人との人間関係で悩んで
いた時、主人が言っていたことです。素直にシンプルに… さくらを… 素直に:シンプル…
そして柄ができました。それはどこにもない、私が考えだしたオリジナルのさくらです。
シンプルで、素直に表現できたと思います。地色は、丁度その時に見ていた、横山大観の
日本画集の中に使ってある、ヒワ色でもなく、ベージュでもない、不思議な色になるように、
染屋さんに頼みました。染屋さんもかなり緊張したそうです。「成功率五十%と、おもう
とってや」なんて言うので、仕上がるまでは、ドキドキでした。結果は大成功でした。
彩色のグリーンと紫のさくらに、何とも絶妙な風合いでマッチしているのです。いつもの
事とは言うものの本当にドキドキ、ハラハラ、スリルとサスペンスの世界です。
温泉御招待の後、連絡を頂きました。
「先生のさくら、とても好評でした。踊りが終わった後、奥さんの着物すごくいいねえ!
もっと近くで見せてと言われ、宴会場を一周して、もう一度見せてと、結局三周したん
ですよ。私の踊りより評判が良かったみたいですよ。本当にありがとうございました。」と
嬉しそうなお声でした。
この時ほど、この仕事をしていて良かったと思う瞬間はありません。
そして、タイトルは『わたしのさくら』です。
今回もう一度、同じものを見て頂きたくて挑戦しました。全く同じものは、なかなか
つくれません。微妙に色は違うものです。でも、同じ染め屋さんにお願いして、極力
近い色を出してもらいました。
仕上がりを見てびっくりしました。前と、全くと言ってもいいくらい、そっくりな色に
なりました。運よく、気温や湿度が前に染めた時と、同じくらいだったので、調整
しやすかったのだそうです。でも、仕上がりを見るまでは、ドキドキだったそうです。
私達職人は、いつも最高の柄を描くことを、最高の色を出すことを、最高の線を
置くことに、全力で取り組んでいます。人には見えないところで苦戦し、考え、失敗を
くり返しながら、努力を重ねています。
でもお客様には、そういう部分を感じさせない様に仕上げなくてはなりません。
加賀友禅は、優雅でゆとりある女性の象徴だからです。それを目指す女性の夢だからです。
私は小売屋さんの展示会で、直接お客様と接することがあります。お客様は思ったままを
言われます。「私、こんな色は似合わない」とか「こんな柄きらい」とか「加賀は高いから
買えない」とか・・・ 勿論それでいいと思うし、大切な意見だと思います。
ただ、これだけ合理化されたハイテクの時代に、何もかも手作業で、微妙な色や線に
こだわりを持ち、日々努力を重ねている本物の職人達が、まだいると言うことを、
それが加賀友禅だということを御理解頂き、今回の作品展を御覧頂ければ、また違った
見方ができるのではないかと思います。
今回、その染め屋さんに、猫柳の柄も染めてもらいました。
これも、イメージ通りに仕上がってきました。
猫柳は、母が大好きでした。「猫柳はね、まだ凍りがはっているような寒い時期に、
川べりなどに芽を出して、少しづつ、少しづつ、春に近づいていくように、成長して
いくんやよ。」そして「白っぽいグレーの花が、ふわふわの猫の毛みたいだから
猫柳なんだろうね。」と言っていました。花屋さんで見つけると、よく買ってきて生けて
ありました。
母も草月流を少ししていたので、丸くしたり、いろいろな形にして生けていました。
でも、私は自然のまま、川べりに咲く猫柳を描きました。四・五年前につくった柄ですが、
ある問屋の人が、「勢いのある良い柄だね。これを見ていると近藤さんには、世の中が
不況でも、関係ないわ、という感じがするね。」なんて言っていました。
それからニ年位して、その人の会社は倒産しました。
今頃、どうしていらしゃるのでしょうか? いろいろな事があります。いろいろな人と
出会います。これから先きもそうでしょう。
そしてどの作品にも、その時の思い出や、エピソードがあるのです。時々は、過ぎた時間を
垣間見ながら、明るく、楽しく、そして焦らないで進んでいこうと思っています。
作品展の前に、このレターを読んで下さっている方々には、作品にまつわる、
のすたるじっくすとーりーを紹介しました。
どうぞ、当日、会場の作品を見ながら、皆様の中にある、のすたるじっくすとーりーにも
想いを巡らせ楽しんで頂けたらと思っております。