HOME  ->  京華日記  -> 暑中御見舞い申し上げます。
京華日記
暑中御見舞い申し上げます。
2004年12月14日

 

金沢の梅雨明けと同時に作品が完成しました。
作家活動を始めて十五年初めての大作となりました。
先月お知らせした菜の花です。

四月に見つけた菜の花。本当は毎年咲いていただろうに、何故か目に止まり
懐かしく、愛おしく感じ、何とかこれをモチーフに自己表現をしたいと、
取りかかってから四ヶ月、やっと出来上がりました。
タイトルは『ノスタルジア』創構の時からそう決めていました。
 菜の花をモチーフにしたのは初めてですが、まだ、私が四、五才の頃だった
と思います。近所の子供達五、六人とそのお母さんたちで、生まれて初めて
ハイヤーというものに乗りました。(昭和三十四年~三十五年頃です。)
どこへ行くのかもわからないのに、みんなと一緒なのでワクワクしながら、
ハイヤーから見える景色を見ていました。
 途中、黄色のじゅうたんを敷いたような畑が、一面に広がっていました。
 誰かのお母さんが「ほら菜の花だ!きれいだね」と言い、
私も「うん」といいました。
 一瞬の事だったのに、その光景がずっと残っていたのです。
 着いた先は洋館建てのすてきなお家でした。
 何も知らない子供達は、見慣れない家に戸惑いながらも、はしゃいで
いました。
 結局そこは、お灸をする所で、おねしょをしないようになるという、
誰かのお母さんの提案で来たのでした。
 「泣かなかったら帰りにジュースを買ってあげるよ」と言われ、熱くても
痛くてもじっと我慢して、涙が出てきてもすぐ手で拭い「泣いてないもん」
と何度も言っていたのを覚えています。
帰りにみんなでバァヤリースオレンジを飲んで帰りました。
 「また黄色い畑が見えるといいね」と言って、窓の外をずっと見ていました。
見たのか見なかったのか、覚えていませんが、あれは何という町だったのか
母に聞いておけば良かったなぁと、今になって思います。
 母は痴呆症になって、もう五年になります。
 私の名前も覚えていません。母が元気だった頃よく台所で、おぼろ月夜の歌を
歌っていました。リアルタイムでは、どうってことなかったことが、
何故今頃になって思い出され、こんなに懐かしいのでしょう。
私の中のノスタルジックな感情が、菜の花を見つけたことで、一気によみがえって
きたのかもしれません。
 とにかく、『ノスタルジア』は完成しました。
糊置や染の職人の方々にも大変お世話をかけました。
 最初下絵を見た時「ウッソーこれ本当にやるの?」って言われました。
 でもいい仕事をして頂き、とてもやさしい、いい色になりました。
本当に大変だったと思います。スタッフ達も休み返上、毎日残業で頑張って
くれました。感謝、感謝です。
 仕上がった時には自然に拍手が起こり、目頭が熱くなっていました。
 そしてずっとスランプだったのに、先月今井様にレターを書いてから、
気持ちが少し軽くなったというか、元気が出てきたというか、予想以上に
集中して仕事が出来ました。
今井様にもお礼申し上げます。有難うございました。
 結局自分の力なんて全然大したものじゃありません。
 みんなの力、協力、そして支援して下さる方々があって初めて、ささやかな
自分が生かされるのだと、つくづく思いました。
 だからこそ、いいものを創りたいと思うのです。
 今、アリウムの花を書いています。
いつもお付き合いさせて頂いている方の庭に咲いていたのですが、
小学校の頃お花を習っていた時に、素材として使った事があります。
 これはシンプルでモダンな柄にすると素敵かも…と思い、今制作中です。
細工は流々、仕上げを御覧じろ、なぁんて少し調子に乗り過ぎでしょうか。